子どもたちに伝えたい。残したい。パパからの遺言。

余命宣告を受けてるわけではありません。いたって元気です!自分の経験、子どもたちと一緒にすごした時間を彼らのために残しておきたい。

自分が経験したことのみを記事にします。いつか自分の子どもたちにも伝わりますように。

このカテゴリーでは子ども達に大好評のパパの料理をレシピつきで紹介します。

クックパッドに投稿している主婦の方達みたいにきれいにまとめることはできません。

ですから、本当に大雑把に。

パパがいつも子ども達に作っている料理の味を、いつか再現してもらえるようにまとめていきたいと思います。

【完成図】

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【豚汁の大雑把な作り方】

1.豚こま200gを手で子どもが食べやすいようにちぎる、じゃがいも、大根、にんじんはいちょう切り、長ネギは斜めに薄切り、油揚げ、白菜は小さく切って、椎茸は子どもたちに気がつかれないようみじん切りにして入れる。(今回椎茸は避けてたべてもらう予定)

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2.ごま油を加熱し、豚こまを炒め、肉がいい感じになってきたらその他の具をすべて加えて酒を少々加えて炒める。そのとき和風だしを大さじ1くらい加える。

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3.炒まったら水を800ccくらい入れる(水量は具の量と相談)。アクをとりながら20分ほど煮込む。

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4.味噌を加えてできあがり。七味唐辛子をかけて食べるとおいしいけど、子どもたちはそのままで。寒い冬には大活躍のメニューです。


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このカテゴリーでは子ども達に大好評のパパの料理をレシピつきで紹介します。

クックパッドに投稿している主婦の方達みたいにきれいにまとめることはできません。

ですから、本当に大雑把に。

パパがいつも子ども達に作っている料理の味を、いつか再現してもらえるようにまとめていきたいと思います。

【完成図】

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【鶏もも肉と大根の煮物の大雑把な作り方】

1.鶏もも肉1枚を細かく切り、大根、にんじんをいちょう切りにするにんにく、しょうががをみじん切りにする。
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2.ごま油を加熱し、にんにく、しょうがのみじん切りを先に入れ、鶏もも肉を炒め、肉がいい感じになってきたら大根とにんじんを加えて炒める。そのとき和風だしを大さじ1くらい加える


3.炒まったら水を600cc入れる。酒50cc、醤油大さじ3、みりん大さじ2、砂糖大さじ1を入れて、アクをとりながら20分ほど煮込む。
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4.できあがり。辛子を付けて食べるととっても美味しいです。インゲンなどがある場合は入れてもおいしいですよ。


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ちょうどクリスマスの頃だったと思います。うつ病の診断をうけたパパは年明けまで会社を休むことになりました。まずは2週間ほど会社を休んでそのときにまた、今後のことは考えれば良い。という会社側の方針だったと思います。

そのときの上司は、こんな状況になるまで気がついてやれなくてすまん、とまで言ってくれたとても心優しい人でした。当時、パパはその上司のもとで結構重要な役割を果たしていましたから、本当はとても迷惑をかけたんだと思います。でもそんな様子はみじんも見せずに、思いやりをもって接してくれました。溝の口の駅まで会いにもきてくれました。

幸いパパが診断されたうつ病は重度のものではなかったので、まったく立ち上がれずに毎日寝込んでいるほどのものではありませんでした。時々とてつもなく暗い気持ちになりベッドから起き上がれなくなる瞬間はありましたが、何かをしようと意欲ぐらいはまだ残っていたのです。

年明けの出社日になるまで、精一杯休み、子どもと遊び、おいしい食事をし、おいしいお酒を飲み過ごそうと考えて日々を過ごしましたが、一度折れてしまった心はすぐには元に戻りませんでした。そのまま3ヵ月の休職が決まりました。

医者からは週に1回でも良いので気持ちがそれを許す場合には少しでも外に出かけるようにと指導されていましたから、動物園、散歩、山登り、海岸の散歩、箱根や館山への旅行、ミュージカル、イチゴ狩り、と気分転換になりそうなものなら何でも、とにかく意識的に外出するようにしていました。会社を休職しているわけですから、平日にでかけることができます。当時の家族3人でいったズーラシアは平日で人もまばら。本来なら空いている動物園を喜ぶべきそんな状況ですが、パパはなぜかそれを虚しく感じてしまい、自分を責めながらとても切なかったことを覚えています。当時のパパの状況は、こうやって外に出かけることはできるが、ふとしたことですぐに気分が落ち込む、怒りやすくなるなど本当に不安定でママにも大変な苦労をかけたと思います。いつも笑顔でいろいろなところについてきてくれました。とにかく自分の何かを変えたくてマラソンを始めたのもちょうどこの頃です。

このときは3ヵ月も休めば会社に戻れると考えていたと思います。また一方でこれを機会に今までの人生を見つめ直し、もう一度やりなおすのであればこのタイミングしか無いという気持ちが芽生えていたことも事実です。優誠はいよいよ3歳です。そしてパパは会社を辞めました。この限られた期間での充電で激務の世界に戻っていくエネルギーを取り戻すことはできませんでした。お世話になった社長にも直接会いに行くこともできずに、会社とメールのやりとりをし、ほんの事務的な作業だけで退職の処理はあっけなく終わりました。その後の仕事のことは全くの白紙でしたが、ただただ、逃げたかった。戻るのが怖かった。そんな心境だったと思います。おじいちゃんやおばあちゃんに自分がうつ病にかかっていたことを報告し会社を辞めたことを報告しました。とくに新小岩のおじいちゃん、おばあちゃんへの報告がつらかったです。二人はママの幸せのことを一番に考えているはずです。その夫はこれから収入が0になるのです。二人の気持ちを考えると本当にいたたまれなかったです。

今考えれば2013年春。これがパパの人生の底だったと思います。

続く。

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